2011.02.04 投稿者:JTC-出口 さゆり
19-大泣き。
ご無沙汰しております。出口です。
このブログを読んでくださっている皆様にご報告です。
私は昨年12月に結婚をしました。名前も安藤から出口に変わりました。
これからもどうぞよろしくお願いいたします♪
二人の新しい生活が始まって早2か月…。時が経つのは早いです。
皆様にこうしてご報告するまでに、さまざまなことが私の中で
おこりました。ここに書ききれないほどありますが、
今日は新婚生活についてではなく、今朝私自身の内側で起こったことを書きたいと思います。
私は今まで兄弟と比較して嫉妬したり、友達と比較して劣等感を感じたり、
そんなサイクルを繰り返し、人生を歩いてきました。
それに気が付いたのは本当につい最近のことで、今まで少しずつ気づいてはいたけれど
はっきりと真正面から向き合うことを避けてきました。
私はそれらの感情をバネにして、必死で生きてきたからそのスタンスを崩したくなかったのでしょう。
正確に言うと、自分じゃなくなる気がしてきっと感じることが怖かったんだと思います。
そして、今朝5時からその嫉妬や劣等感と真正面から向き合っていました。
いつから…嫉妬や劣等感を感じ始めたのか?どんな場面?
昔の記憶を辿り、静かに目をつむりました。そうしたら、今まで全く記憶になかった
友達に対する想いや、先生に対する想い、兄弟に対する想い、
そして自分に対する思い込みがよみがえりました。
ちょうど、幼稚園の年中~年長さんにかけての記憶です。
私はあの子より、工作が下手。
あの子よりピアノが下手。
あの子より先生にかわいがられない。
あの子よりお遊戯がへた。
あの子よりかわいくない。
あの子より字が下手。
あの子はわたしのことを嫌っている。
先生はきっと私よりあの子のほうがかわいいに違いない。
先生は私は悪くないのにあの子がかわいいから私を怒るんだ。
先生は私といるときよりあの子といるときのほうが楽しそう。
どうせわたしなんて・・・わたしなんて。
兄弟に対しては、
お姉ちゃんやお兄ちゃん、弟ばっかり!!
お姉ちゃんは何でもできるしかわいいし、お兄ちゃんは目がくりくりしてかわいいし、
弟は小さいからちやほやされて、なんでみんな私を見てくれないの!!
っていつも心の中で叫んでいたのに気づき、それと同時に ”どうせわたしなんて”っていう人生を
選択して生きてきたのはまさにその自分だということも理解できました。
今まで周りのせいにして自分を守ってきたけれど、受け止めるのは自分しかいないんだと
痛切に感じました。
私は朝から嗚咽するほど泣き、涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになりながらも、
全部、感じられる感情をがっしりと感じ、時には叫び、しばらく寄り添いました。
小さなころの私はだれにも相談することができずに、自分の思い込みで容赦なく自分を責め、
それが正しいと思い込み、大人になってからも同じことを繰り返していたのです。
そんな小さな私を感じると本当にぎゅ~って抱きしめたくなってそばにずっと居たい気持ちになりました。
今私はこうして自分と向かい合う作業を怖がらずに真正面から向き合い、より自分らしい人生を
歩んでいるんだと思うと、なんだか体の奥から力が湧いてきます。
今朝大泣きしているときは一人でどうなることかと思いましたが、
今はすっきり晴れやかな気分です。
私は、一生かけて自分を愛することをやめません。なぜなら、
自分を心から愛し、理解し、責任をもって生きることは、おのずと周りの幸せにつながるからです。
自分を愛することができると、相手からの深い愛情に気づくことができます。
まさに、今日お母さんやお父さんからの深い愛情を感じることができ、それを感じて
またさらに大泣きをする私でした。
わたしにとって、ベストタイミングな気づきです。
今日も一日自分を愛して、素敵な一日になりますように~☆