2017.05.10 投稿者:JTC-礒田修幸

12-祖母の面影から(グリーフケアを通して②)

こんばんは。

講師/心理カウンセラーの礒田です(^^)

 

先日のグリーフケアの勉強会で聴いた

”逃げない・ブレない・ごまかさない”という言葉が

ふと今日、再度頭に浮かんできました。

 

祖母を思い出したのです。

 

 

実家の仕事で、2件目にお参りさせていただいたお宅でのことです。

 

 

いつものようにインターホンを押し

声が聴こえる間もないほどに玄関の扉を開け「こんにちは~」と挨拶をさせていただくと

中ならいつもと違った少し弱々しいお声で『どうぞ~』と返事がありました。

入ると介護ベッドに横たわったままで「どうぞお入りくださいね」とお話しくださるおばあさんがいらっしゃいました。

 

***

 

 

 

御年86歳になられるそのお方に、僕は大学生の頃からよく気にかけていただいていました。

話の中でよく言われました。

 

『どんどんお父さんに似てきましたな~。でもこの道、修行は一生続きますなぁ』

『わたしは元気ですで~!とっと、とっととどこでも歩いて買い物に行きますからね~』

 

そういって笑うそのお方は早くにご主人を亡くされたものの

いつでも笑顔を絶やさず、話し出したら止まらないほどの饒舌で

とてもエネルギッシュに人生を生きておられる方でした。

 

そのお方は、その後病気と手術を2,3度経験され

ついに今日お会いした時には随分と痩せて

以前の見る影もなく、弱弱しくなっていらっしゃいました。

 

***

 

今日も話をしました。

「随分とお痩せになられましたね。お体の調子いかがですか?」

『足がもう動かんようになってもうて…。ちょっとしんどいんですわぁ。

この年になると大体分かるんやけど、もうお迎えが近い気がしてますねん。

先祖さんが夢に前出て来られて、「あんただいぶとよう苦労したなぁ。動き回らんとゆっくりしとき。」て言われたさかいにな。』

そう言われました。

 

「いやいや、そう仰いますけどまだまだそんなこと言わんと…」

 

そこまで言ってハッとしました。

ああ、これが受け止めていないということなのかな。そう思いました。

 

実家の仕事は人の「死」と近い職業です。

つい一か月前まで笑って話をしていた方を、もう次はお送りすることになっていることもよくあります。

なのでお参りの際に

『私が亡くなったら、しっかりと送ってくださいな』

『先祖代々、○○家を頼みますね。私はもう長くないので』

そういう話になることもよくあります。

 

そして決まって僕はまるでその「死」を避けるかのように

「まだまだお若いのに、そんなの考えるの早いですよ」

「そんなこと言わずに、まだまだ長生きしてくださいね」

そういって今まで話を終えていることが多かったように思います。

 

一旦でかかったその言葉を引っ込めて

今日はそのまま受け止めてみよう、そう思って言葉を返しました。

 

「そうですかぁ。もうお迎えが近くに感じられるんですねぇ。」

 

この言葉が最初に出せなかったのは、僕もベッドに横になられているそのお方を見て

もしかしたら、もうすぐかもしれない…本心でそう思ったからです。

失礼なことを言ってはいけない、弱気にさせたらいけない、そう思って自分をとめていました。

 

でも、自分の中から

 

「そうですかぁ。もうお迎えが近くに感じられるんですねぇ。」

 

この言葉が出たとき、言葉ではうまく表現できないのですが

【人生を十分に生きてこられた満足感のようなもの】が自分の中に広がりました。

 

「失礼」というのはあくまでも僕の世界の見え方で

きっと、そのお方の世界観では、死期が近く感じられるのは

それはそれで良いのかもしれない、共感の後、そう思いました。

 

すると、そのお方の暖かな笑顔が生前の祖母の顔と重なりました。

 

***

 

 

僕の祖母は4年前、86歳でその生涯を終えたのですが

数年も前から足を悪くし、亡くなる前ほとんどの時間をベッドで過ごしていました。

 

 

僕の両親や祖父、叔母がみんなで介護をし、僕も力仕事を手伝っていました。

お風呂は数日に一回入る程度になって、あとは温もったタオルで体を拭いていた時

久しぶりのお風呂で湯船に座り込み、立てなくなって恥ずかしがる祖母を

必死に身体を後ろから抱き上げたこともありました。

 

 

『悪いなぁ悪いなぁ。ほらこれ、もっとき。』

祖母は自分のことが自分でできなくなった恥ずかしさや、罪悪感のようなものを感じていたと思います。

周りは何も迷惑とは思っていないのにも関わらずいつも秘密の引き出しから引っ張りだしてきたお小遣いを

特に何をするわけでもない僕の手にいつも無理やり握らせてくれました。

「ありがとう。」

そういってもらっては、祖母が寝てから、そのお小遣いは両親に返し、そっと両親は引き出しに戻して

祖母の気持ちを踏みにじることがないようにする日々が2,3年続いた頃、祖母は息を引き取りました。

 

 

柔和で優しく、いつも味方でいてくれ、どんなに悩んでいても

「大丈夫。色々な方が守ってくれはるから心配せんで大丈夫やで」

そういって慰めてくれた祖母が、今は仏壇の中からそばで見守ってくれている気がしています。

 

***

 

そんな祖母との思い出が

人生を統合したような何とも言えないそのお方の表情と重なり

胸が熱くなりました。

 

(祖母に何も返せなかったなぁ)

そんな思いでいっぱいになり、目の前のそのお方の足をさすりながら

「ぼちぼち無理されずにいてくださいね。また来ますね。」

そう伝えることしかできませんでした。

 

せめてもう少し送らせてもらうのは先で

長生きしてくださったらいいなと思います。

 

少しは

逃げずに、ブレずに、ごまかさずに

関わることがどういうことなのか実感をともなって分かったような気がした、そんな一日でした。

 

一回一回の授業も、カウンセリングも同じ時間のようなもの

その一回一回を大事に大事に向き合っていけたらと思います。

 

今週末から始まる新しいクラス・第41期生との時間が楽しみです(^-^)

 

長文、お読みいただきありがとうございました。

講師/心理カウンセラー 礒田修幸

n.isoda@jtc-web.jp